2012年06月15日

【知道中国 748回】読まないなら運転するな

<樋泉克夫愛知大学教授コラム>
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【知道中国 748回】                一ニ・五・初三

    ――読まないなら運転するな

    『送法下郷之道路交通事故』(周紅格・ 劉顕剛 中国法政大学出版社
 2010年)

 

 これも雲南省とミャンマーと国境を接する国境 の畹町の新華書店支店で購
入。前回紹介の『中華人民共和国婚姻法』と同じく店の入り口に積まれ、表紙は
砂埃でザラついて はいなかった。店員に聞くと、親指を立てて「売得不錯(売
れ筋だよ)」。

  モータリゼーションの波は農村にも押し寄せ、多くの車が行き交い、勢い事
故は多発する。ところが車の買い方と動かし方は 知っていても、事故処理の方
法は判 らない。なにしろオレ様意識が超過剰な方々のことだから、いったん事
故が起こったら蜂の巣をつついたように騒ぎはする が、具体的にどう処理すべ
きか。なん とも要領をえない。そこで法律を農村に下し、交通事故の処理方法
を具体的に示そうというのが、この本の趣旨である。

 下郷の2文字から思い起こされるのは、都市の若者を知識青年と煽て あげ農民
に学べと農山村に送り出した文革当時の上山下郷運動だが、文革から半世紀ほど
が過ぎた現在では、農山村に送り出され るのは法律、それも道路交通安全法
だった。確かに社会は激変した。

「新世紀農村普法読本」の副題を持つこの本は事 例を示しながら、「一、事故
が発生したらどのように処理するのか(4例)」「二、事故が発生したら誰が処
理するのか(5例)」「三、事故が発生 したら誰が保障するのか(26例)」
「四、事故後の賠 償(9例)」「五、故意により 発生した事故の実刑の可能性
(8例)」を判り易く説明し ている。どの事例も面白いが、たまたま目に付いた
「夫が事故を起こし、妻が死亡した場合の補償」の項目を見ておく。

 昨(2009)年10月、朱天鵬さんは作業車に妻を同乗させ帰宅を急いでいた 際、
前方から猛スピードで向かっ てきたバイクを避けようとしたが、余りにも慌て
ていたため、ハンドル操作を誤り路肩から車を転倒させてしまい、重傷を負った
だけでなく、最愛の妻は車の下 敷き。妻を死亡させてしまった心の痛みに自ら
の怪我が加わり、病院のベッドの上で我が身を苛む日々の朱さんに追い討ちをか
け たのが、義理の両親による損害 賠償訴訟だった。

  老後を一人娘夫婦に養って貰おうと思っていた義理の両親は朱さんに損害賠
償を求めた。娘を失っただけでなく、事故の傷が 癒えた後に娘婿が再婚でもし
たら他 人になってしまう。自分たちの老後が不安だというのだ。訴状を受け
取った朱さんは心を痛めているのは自分だ。「義理の両 親の面倒はどこまでも
みる。だが私 に損害を賠償させようなどと断じて理解できない。訴訟は受け付
けられないし、断固として同意できない」。だが裁判が行わ れ、執行2年延期と
いう条件が付い たが、1年半の実刑に加え1万元 余の賠償が命じられた。

  この実例に、朱さんの主張は尤ものようだが、@妻が死亡した以上、法的には
婚姻関係は解消され、夫婦の財産は分割され る。A妻が亡くなった以上、朱さん
に は元妻の両親を扶養する義務はない。B賠償金は死者の近親が被った精神的・
経済的被害に対するものであり、死者の両親に よる賠償要求は当然であると、
道路 交通安全法(第74条)、侵権責任法(16条)、最高人民法院判例 などを引
用しながら詳しく解説している。

  農村地帯を歩くと到るところで道路建設が進み、車も激増し、車なしの生活
は考えられない新世紀の到来を、確かに実感す る。ならば農村もまた法律に依
拠した 法治意識の普及が必要であり、であればこその「農村普法読本」「送法
下郷」だろう。だが農村もさることながら「普法」が 急務なのは北京の最上層
だろう。先 ず隗より始め・・・ませんよネ。《QED》
posted by 親善大使 at 00:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 樋泉です。
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